「『悩むな、考えろ』。なかなか良くならない利用者さんと、僕の価値」

10年経っても、壁は高い

理学療法士を10年以上続けていても、自分の非力さを突きつけられる瞬間があります。 「思ったように良くならない」。 今、まさにそんな利用者さんと向き合いながら、自分の中の葛藤と戦っています。今日は少し、そんな僕の「愚痴日記」にお付き合いください。

葛藤:根本に届かない、もどかしさ

僕の中で「原因はここだ」という仮説は立っています。でも、その根本的な箇所は今の段階では痛みが強すぎて、十分なアプローチができません。

外堀を埋めるように、他の部位や角度からアプローチを続けていますが、やはり核となる部分が残っている以上、改善の幅には限界があります。生活習慣が少し乱れたり、仕事の負荷が増えたりするだけで、せっかく積み上げたものが崩れてしまう。

「あそこを触らせてもらえれば」 そんなもどかしさが、常に頭の片隅にあります。

壁:生活習慣と「考え方」の積み重ね

さらに高い壁が、生活習慣です。 減量が必要なのは明白。でも、その方の仕事や何十年という生活の背景を聞いていると、簡単に「明日から節制してください」とは言えない重みがあります。

今の身体と痛みは、その方の人生の積み重ねそのもの。 「考え方を変えないと難しいのかもしれない」と感じる一方で、僕は「人の考え方を変える」というおこがましいニュアンスがあまり好きではありません。

相手を否定せず、でも「こういう考え方もありますよ」と、自然に新しい扉を開いてもらうための技術。僕にはそこが、まだまだ足りないのだと痛感します。

自問:結果が出せなければ、僕に価値はないのか?

リハビリのプロとして、身体を良くするサポートができない自分に、価値はあるのだろうか。 臨床で壁にぶつかるたび、そんな極端な思考に陥りそうになることがあります。

でも、そんな時に思い出すのは、かつて病院の後輩たちにかけていた言葉です。

「悩むな、考えろ」

感情に流されて足が止まるのが「悩む」。 事実を整理し、次の一手を導き出すのが「考える」。 今、その言葉を自分自身に言い聞かせています。

結び:また、勉強と経験の毎日へ

技術も、伝え方も、まだまだ足りない。 だったら、もっと勉強して、もっと経験を積むしかありません。

「悩んでいる」暇があるなら、今の自分にできる最小で最高のアプローチを「考える」。 90歳まで現役でいるための道のりは、こうした葛藤の連続なのかもしれません。

明日もまた、誠実に目の前の一人と向き合ってきます。

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