姿勢を意識し始めて、早いもので3週間ほど経ちました。 最近の僕は、後ろに壁を見つけると、吸い寄せられるように背中をつけて立つのが癖になっています(笑)。
壁をガイドにすると、脚の力がスッと抜けたり、上にスッと伸びる感覚が少しずつ分かってきました。でも、壁がないと途端に難しくなる。まだまだ実験の真っ最中です。
姿勢にまつわる「矛盾」
ここで、ふとした疑問が湧いてきました。 一般的に**「理想的な姿勢は、最小限の力で立つ『省エネ』な状態」**と言われます。「骨で立つ」なんて表現もよく耳にしますよね。
だとしたら、ですよ。 **「疲れている時ほど、その省エネな姿勢でいたくなるはず」**じゃないですか? でも実際は、疲れてくると背中が丸まったり、グニャッと崩れたり……いわゆる「良くない姿勢」になりがちです。
この矛盾、一体どういうことなんでしょうか? 僕なりに3つの仮説を立ててみました。
仮説① インナーマッスルの「地味な弱さ」
「力を抜く」といっても、完全にゼロではありません。姿勢を支える最小限のエンジン(インナーマッスル)は動いている必要があります。 理想の姿勢をキープするための「微細な出力」が、現代の僕たちには意外とハードワークなのかもしれません。
仮説② 「靭帯・関節包」への負担
「骨で立つ」には2種類あるのではないか、という説です。
- 正解: 重心が関節の真ん中を通り、筋肉を使いすぎない状態。
- 間違い: 筋肉を使わず、靭帯や関節の袋(関節包)がピーンと張った限界状態で「引っ掛けて」止まっている状態。
膝を反らせて立ったり、腰を丸めきって座るのは後者です。これは確かに筋肉は使いませんが、組織に負担をかけ続けている「痛みの予備軍」。疲れると、脳が手っ取り早くこの「引っ掛け」を使って休もうとしているのかもしれません。
仮説③ 「脳」のスタミナ切れ
疲れているのは筋肉ではなく「脳」ではないか? という説です。
僕たちの姿勢イメージは脳(頭頂葉)で作られます。でも、長年のクセで「間違った姿勢イメージ」が脳に定着していると、正しい姿勢をとることは脳にとって「未知の新しい刺激」になります。 つまり、良い姿勢をとる=脳のエクササイズ。 身体が疲れて脳もヘトヘトな時は、脳が新しい刺激を拒否して、慣れ親しんだ「悪い姿勢」に逃げ込んでしまうのではないでしょうか。
結論:正しさは「心地よさ」の先にある?
この3つの要素が絡み合って、僕たちの姿勢は崩れていく……。 これは文献の受け売りではなく、僕が今日、壁に背を向けながら考えた個人的な仮説です。
もし、このブログを読んでいる専門家の方がいれば、「それは違うよ!」「こういう視点もあるよ」というご意見をぜひお聞きしたいです。
「正しい姿勢」が、脳にとっても身体にとっても「一番楽で心地よい居場所」になるまで。 90歳まで続く僕の実験は、まだまだ序盤戦のようです。

コメント