代償運動を許すか、許さざるか。理学療法士の僕が抱える「永遠の葛藤」

今日は、理学療法士(PT)としての視点と、自分自身が運動をするプレイヤーとしての視点、その間にある「葛藤」について吐き出してみたいと思います。

「説明できるプロ」への道のり

僕の元々のベースは「改善すれば理由なんて何でもいい!」というタイプでした。 でも、病院で現実を突きつけられます。良くならない人が大半という世界。もし自分が患者なら「なぜ良くならないのか」を説明できない人に身体を預けたくない。

そこから必死に学び、経験を積み、「なぜ今の状態なのか」を説明できるようになりました。さらに改善の確率を上げるためにピラティスや徒手療法を学び……。そうしてスキルが上がるほど、ある呪縛にかかるようになります。

「やらない方がいい動き(代償運動)」が気になって、気になって仕方ない。

「それ、うざくない?」という心の声

仕事として、代償運動を指摘し、修正するのが僕の役割です。一応プロっぽく伝えるので(笑)、喜んでもらえることも多いです。

でも、ふと思うんです。 **「自分が運動しているときに、いちいち細かいこと言われるのって、正直うざくない?」**って。

僕の理想は、細かいことを考えなくても、楽しく動いていれば勝手に身体が良くなる世界です。 運動には心肺機能や循環、メンタルへのメリットもたくさんある。それなら多少の代償は許容してもいいんじゃないか?

でも、その動きのせいで関節を痛めたら、僕はきっと自分を責めてしまう……。 「正しさ」で守るか、「楽しさ(習慣)」で活かすか。このはざまでいつも揺れています。

今の僕が出した、ひとまずの答え

結局、今の僕はこんなスタイルに落ち着いています。

  1. 最初はあえて細かく。(身体の特徴を掴み、本人に最低限のリスクを自覚してもらう)
  2. できたら、口出しを減らす。(運動習慣を優先!)

「痛みで動けない」という緊急事態を除けば、多少間違っていても運動を続けるメリットの方が、長期的には大きいんじゃないか。 量をこなせるようになってから、質(運動学習)を深めても遅くない。

……なんて、綺麗にまとめようとしてますが、やっぱり現場では毎日「あぁ、言いたい!でも今は我慢だ!」と葛藤の連続です(笑)。

90歳まで現役でいるためには、この「正しさ」と「適当さ」のバランス感覚こそが、一番のトレーニングなのかもしれません。

「理想の運動」を求めて:僕がファンクショナルローラーピラティスを選んだ理由

そんな葛藤の中で、僕の理想に近い形としてあるのが**「マシンピラティス」**です。

自分の身体って、思っている以上にイメージ通りには動かないもの。だから代償運動が出るし、そこを自分でコントロールするのは至難の業です。でもマシンピラティスなら、機械に合わせて動くだけで、ある程度理想的な動きが成立してしまいます。自分の内側に集中しすぎなくても、外側の仕組みが補ってくれるんです。

ただ、ここでまた「習慣」という壁にぶつかります。 「家で日常的にできるか?」と言われると、マシンは高いし、何よりデカすぎて家に置けません(苦笑)。

もちろん、マシンでコツを掴んで日常に落とし込むのは素晴らしい流れです。でも、僕が目指したいのは**「家でも、一人でも、低コストで続けられること」**。

かといって、道具なしのピラティスやヨガは、自分の身体を制御する難易度が高すぎて、結局また「代償運動との戦い」に戻ってしまう……。

そこで今、僕が人体実験の主軸に据えているのが、**ファンクショナルローラーピラティス(FRP)**です。

一本のローラー(ストレッチポール)をマシンに見立てて使うことで、自宅にいながらマシンピラティスに近い補助や抵抗を得られる。これなら、難しいことを考えすぎなくても、ローラーが動きをガイドしてくれます。

「深く考えなくても、動けば自然と身体が整う」

そんな一生続けられる運動プログラムを、このローラーを使って模索していくこと。それが、90歳まで現役を目指す僕の、今の大きな課題であり、楽しみでもあります。


あとがき

いやあ、やっぱりまとまらない!(笑) でも、この「正解のなさに悩み続けること」自体が、僕がPTとして、一人の人間として、カラダと生きていく旅なんだなと感じています。

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